食べるはいつから 食べるはこれから 〜博物館から始まる食育〜

〜博物館から始まる食育〜 私たちにとって最も身近で重要な「食」。科学と歴史の知識を培いながら、何を、どれだけ、なぜ必要なのか、を深めていくと、生きるヒントがたくさん見つかります。日本国内のすぐれた博物館で、ぜひ触れてみましょう。

やがて、アウストラロピテクスの一種「アウストラロピテクス・ファレンシス」の集団の中から、すこし脳が大きいものが現れた、と考えられています。このような新たな種を「ホモ属」と呼んで、アウストラロピテクスなどの猿人とは区別した種として捉えられています。このホモ属に私たち、現生人類も含まれます。ホモ属がいつ誕生したのかについては、300万年前とか200万年前とか諸説ありますが、いまだはっきりとした結論には至っていません。しかし、ホモ属の初期の種のひとつとして考えられている「ホモ・ハビリス」は、240〜140万年前くらいに生存していた、と考えられています。



「アウストラロピテクス・セディバ」からホモ属が分岐した、とする説もあります。

やがて、「ホモ・エレクトス」という種も現れ、こちらはホモ・ハビリスよりも地上の生活により適応していた、と考えられています。このころ、地球の気候も変動していて、彼らが住むアフリカでも森林が減り、草原が拡大していった、と考えられています。ハビリスよりも、エレクトスのほうが、この変化に適応しやすかったと推測されています。さらに、果物などの植物食よりも肉食が増えるようになったと考えられ、獲物を追いながら生活していた、とも考えられています。移動しながら、暮らしているうち、やがてアフリカ大陸を出るものが現れました。ホモ属で、アフリカ大陸から最初に出たのは、ホモ・エレクトスだった、と考えられています。 また、各地に広がり、ジャワ原人や北京原人など、各地で化石として発見されるものも少なくありません。みな、ホモ・エレクトスから進化したものだと考えられています。



ホモ・エレクトスが活躍していたころから、生態系に変化が表れます。ホモ・エレクトスは非常に活動的で、よく食べたと考えられていて、生態系にも大きく影響したと考えられています。



やがて、類人猿と共通する祖先から私たちヒトへと繋がる「猿人」が誕生し、類人猿と分岐した、と考えられています。最初の猿人がいつ、どのようにして誕生したかははっきりしていませんが、これまでに発見された化石の中で最も古い猿人として有力視されているのは、2001年にアフリカ中部のチャドの砂漠地帯で発見されたものです。種としては「サヘラントロプス・チャデンシス」と名付けられています。
サヘラントロプス・チャデンシスが、類人猿なのか、それとも猿人、つまりヒトに分類してよいのかは、いまだに議論されていますが、解析の結果、二足歩行は可能だったと推測されています。
これらの発見や研究から、ヒトとして分類される種が誕生したのは、800万年前よりもっと前に誕生していた、と考えられてはいます。しかし、ではそれが600万年前なのか、700万年前なのかは、解っていません。現在のところ、多くの書籍などの資料は、700万年前頃としているようです。



猿人には華奢型や頑丈型など、いくつかのタイプがあったと考えられていて、さらに多くの種が存在した、と考えられています。400〜200万年前くらいになると、猿人として最も有名な種の一つである「アウストラロピテクス」が登場します。
いくつかあるアウストラロピテクスのうちの後期の種の一つである「アウストラロピテクス・ガルヒ」は、加工まではしないまでも、石を道具として利用していた、と考えられています。



アメリカは世界の穀物の約16%を生産する、世界最大の穀物輸出国でもあります。なかでも、サウスダコタ、ネブラスカ、ワイオミング、コロラド、カンザス、オクラホマ、ニューメキシコ、テキサスの8州は有数の農業州で、とくに小麦の生産量が多い地域です。乾燥したこの地域での農業を支えているのは、「オガララ帯水層」と呼ばれる巨大な地下水帯で、この地下水をくみ上げ、農業に利用しています。近年、この地下水の枯渇が懸念されており、新たな対策が模索されています。

資料:EN_ELT0004

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