日本の縄文時代の代表的な遺跡として青森市の三内丸山遺跡があります。約5900年前から1600年ほど続いたとされる集落の痕跡ですが、最盛期には数百人が暮らしたとも考えられ、縄文時代では最大級の規模です。
この集落の歴史を調べると、人口が急激に減った時期があることがわかり、その原因は気候変動ではないかと推測されていました。しかし、ある研究者は、気候変動の前に人口減少が始まっている、として、その原因は食生活が偏ったせいで、大きな環境変動にさしかかる前に影響を受けたのではないか、と考えているそうです。

遺跡から出土する土器や石器から、当時の人々がクリやトチなどの木の実を中心に食べていたのがわかるそうで、このころすでに、太古から行われていた狩猟主体の生活から、採集の生活になっていたと考えられます。炭水化物中心の食生活は植物に依存することになり、木の実などの限られた品種の植物の実りに頼っていたとすれば、収穫は気候条件に大きく依存することになります。わずかな環境の変化で、収穫量は大きく変動したことでしょう。凶作の年の影響をもろに受け、三内丸山の人々は大きく人口を減らしたのかもしれません。縄文の人々がどのようにして生き抜いたのか、気になるところです。

また、このような食の単一化が、ヒトの健康や社会に与える影響についても、この研究から得られるヒントは多そうです。 

京都新聞、Yahoo!ニュース(2016.04.24)