自らの欲望を限りなく実現することを可能にした私たちは、結果、その追求の果てには必ずしも幸福は存在しないのだ、というひとつの結果を手に入れました。これは、ある意味、大いなる実験で得た成果である、といえるかもしれません。
欲求を叶える一瞬一瞬は幸福であっても、それを果てなく繰り返した結果は、決して幸福ではないことがあるのです。
その代表例が食にあります。好きなものを好きなときに好きなだけ食べられるようになった人類。食べたそのときは、満足しても、それを際限なく繰り返した先には、肥満や、代謝異常、あるいは、感覚や神経にも異常をきたします。一瞬一瞬の満足を繰り返しても、結局、何からも開放されないのです。
かといって、様々な問題や課題を抱えながら長い人生を送る私たちには、その一瞬一瞬の幸福は大切である、とも言えます。

「おいしい」「うれしい」など、脳の最も基本的な部分で感じる幸福を得るための欲求の実現は、やはり必要なことであると言えます。
しかし、その欲求の発生理由や、量は、実にいいかげんであることもわかっています。かならずしも、必要な時に発生しませんし、その量も適当でないことがあります。
それは、この人口過密で、実に入り組んだ難しい社会で多くのストレスと戦うからこそなのかもしれませんが、地球環境に作用するほどの力をもった人間の活動の根拠となりうる欲求は、それを根拠とするにはあまりに「曖昧であること」を、理解しておかなければなりません。
際限のない欲求に従っても、私たちは、必ずしも幸福になれないのです。
それを理解し、欲求をコントロールする知識が必要になってきています。
自然や他者への作用に、知恵を絞ってきた人類は、今、自分自身のコントロールに迫られているのです。これまで向き合った、どの相手よりも難しい相手だと言えるでしょう。