食べるはいつから 食べるはこれから 〜博物館から始まる食育〜

〜博物館から始まる食育〜 私たちにとって最も身近で重要な「食」。科学と歴史の知識を培いながら、何を、どれだけ、なぜ必要なのか、を深めていくと、生きるヒントがたくさん見つかります。日本国内のすぐれた博物館で、ぜひ触れてみましょう。

「ヒトと自然の関わり」のニュース,コラム

優秀なタンパク源として、実は虫を食べる文化というのは、各国各地域にあります。
しかし、食品の生産と流通が大規模かつ均一にいきわたるようになって、次第に昆虫が食卓に上がることが少なくなりました。昆虫は、かつては地域の食を支える重要な食材の一つだったのです。

人口増加が飽和レベルにまで達することが予想されることから食料問題の発生が懸念されていますが、いまあらためて「昆虫を食べること」の再認識が学術分野や、WHOなどの世界機構でも検討されはじめています。

参考文献
http://www.l.yamaguchi-pu.ac.jp/archives/2009/graduateschool/g07.pdf
山口県立大学学術情報 第2号大学院論集 2009年3月「昆虫と食文化」新井哲夫、東野秀子

https://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000000163_all.html
「見直される昆虫食」東京農業大学 三浦 淳 氏のインタビュー

https://www.hosei.ac.jp/bungaku/museum/html/kiyo/59/articles/Yoshimura59.pdf
「昆虫食・昆虫料理をめぐる心理的要因の検討に向けて」吉村浩一・内山昭一

アメリカは世界の穀物の約16%を生産する、世界最大の穀物輸出国でもあります。なかでも、サウスダコタ、ネブラスカ、ワイオミング、コロラド、カンザス、オクラホマ、ニューメキシコ、テキサスの8州は有数の農業州で、とくに小麦の生産量が多い地域です。乾燥したこの地域での農業を支えているのは、「オガララ帯水層」と呼ばれる巨大な地下水帯で、この地下水をくみ上げ、農業に利用しています。近年、この地下水の枯渇が懸念されており、新たな対策が模索されています。

資料:EN_ELT0004

日本の縄文時代の代表的な遺跡として青森市の三内丸山遺跡があります。約5900年前から1600年ほど続いたとされる集落の痕跡ですが、最盛期には数百人が暮らしたとも考えられ、縄文時代では最大級の規模です。
この集落の歴史を調べると、人口が急激に減った時期があることがわかり、その原因は気候変動ではないかと推測されていました。しかし、ある研究者は、気候変動の前に人口減少が始まっている、として、その原因は食生活が偏ったせいで、大きな環境変動にさしかかる前に影響を受けたのではないか、と考えているそうです。

遺跡から出土する土器や石器から、当時の人々がクリやトチなどの木の実を中心に食べていたのがわかるそうで、このころすでに、太古から行われていた狩猟主体の生活から、採集の生活になっていたと考えられます。炭水化物中心の食生活は植物に依存することになり、木の実などの限られた品種の植物の実りに頼っていたとすれば、収穫は気候条件に大きく依存することになります。わずかな環境の変化で、収穫量は大きく変動したことでしょう。凶作の年の影響をもろに受け、三内丸山の人々は大きく人口を減らしたのかもしれません。縄文の人々がどのようにして生き抜いたのか、気になるところです。

また、このような食の単一化が、ヒトの健康や社会に与える影響についても、この研究から得られるヒントは多そうです。 

京都新聞、Yahoo!ニュース(2016.04.24)

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