食べるはいつから 食べるはこれから 〜博物館から始まる食育〜

〜博物館から始まる食育〜 私たちにとって最も身近で重要な「食」。科学と歴史の知識を培いながら、何を、どれだけ、なぜ必要なのか、を深めていくと、生きるヒントがたくさん見つかります。日本国内のすぐれた博物館で、ぜひ触れてみましょう。

生命の誕生、人類への進化

地表にできた大きな水たまりである海には、大気中や地表、地中にあったさまざま成分が流れ込みました。また、海のなか、海底にも火山はありますから、海底火山が噴火すれば、ものすごい熱や、二酸化炭素をはじめとする噴出物が海中に放出されます。

水に溶けると、物質はあらたな物性をもったりします。また、溶けた成分どうしが出会って結びついたり、水そのものの物性が作用したりして、新たな物質が合成されることもあったでしょう。海の出現によって、それまでなかった成分が合成される可能性は飛躍的に高まりました。


さらに、忘れてはならないのは、他の様々なエネルギーの存在です。たとえば、当時の大気の成分を推測すると、おそらく上空では激しい雷がたびたび起きていた、と考えられ、強大な電気エネルギーによって、海だけでなく、地表や、大気中の成分にも影響を及ぼしていた、と考えられています。

また、隕石落下などによる地球外からの物質の到来も当時は今よりも頻繁にあったと考えられていますし、太陽光エネルギーの作用もあります。


多くの成分が溶け込む海の出現と、様々なエネルギーが作用することで、地球上にそれまでにはなかった新しい化学反応が起き、複雑な分子が作られたであろうことは、想像に難くありません。

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様々な物質を生み出すこととなった海は、やがて私たち生物の祖先となるものも生み出した、と考えられています。

冒頭の「『食べる』をみつめる」で、すべての生物の共通祖先「LUCA」のお話をしましたね。LUCAの誕生は未だ多くの謎につつまれていて、その謎に迫ろうと今でも多くの科学分野からのアプローチが行われています。その中で、多くの科学者が、極力、偶発的な力を除き、多少時間はかかっても、地球にある素材で、次第に生命の元になるものができていったのでは、と考えています。

このような考えの主軸となる説に、『化学進化説』というものがあります。ロシアの学者オパーリン(1)によって、提唱された説です。オパーリンは、その場が海であったのでは、と考えました。

この他にも、多くの仮説があり、たとえば、宇宙から飛んで来た飛来物に付着していたものが生命の起源になったのでは、という、宇宙飛来説があります。オパーリン自身も、宇宙飛来説を考慮した上で
化学進化説を導いた、とされていますから、他の仮説もけして完全否定はできません。
生物誕生の謎は、かならずしも生物学だけでは、充分な解答は導けないかもしれないのです。


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Aleksandr Oparin and Andrei Kursanov in enzymology laboratory 1938
 
 
さまざまな説が存在するなか、多くの研究者は、原始の地球の姿を推測し、様々な実験(2)をしました。その結果、当時そこに存在したであろう状況や物質から、生物の誕生に必要なものが合成できることが、これまでに証明されています。ユーリーとミラーの実験は最も有名なものでしょう。


実験によって、地球上で生命をつくる成分の合成が可能であったことが証明されたことは、LUCAに近づく大きな一歩でした。とはいえ、これらは、あくまで材料、物質であって、生物ではありません。
そもそも、生物とは何をもってして、「生物」とするのでしょう。
実は、この問いにおいても、未だに正確な定義はなされていないのです。

ですから、材料が揃うことがわかっただけで、一体なにが、生物をつくる力となったのか、そして、生物とは何か、という問いには、まだ答えが出ていないのです。



※(1)オパーリンの化学進化説
(オパーリンによる出版物:1924年小冊子、1936年、『生命の起源』出版、1957
年、『地球上の生命の起源』出版)
彼は生命の発生のために下記のような物質進化の4段階が必要であると考えた(1957年)。 
第1段階:炭化水素および簡単な有機化合物の生成
第2段階:アミノ酸,ヌクレオチド,炭水化物などのより複雑な有機化合物の生成
第3段階:タンパク質様物質,核酸様物質などの高分子物質の生成
第4段階:代謝が可能な高分子物質からなる多分子系の生成


※(2)粘土説、ユーリー-ミラーの実験など
海に溶けた物質の中には、波打ち際に打ち寄せられたり、また海底の噴火口など、特殊な場所にいきつくものも出て来ます。すると、またその特殊な環境下であらたな化学変化をし、新たな物質が誕生したと推測されています。
生命の起源は、その場が海であったとする説(その中には、海底とするもの、波打ち際、粘土層などの詳細な違いはある)や、大気中であった、とする説もある



参考:Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/生命の起源)
   Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/共通祖先)
  放送大学 初歩からの生物学 第2回「生物の特性」2014.04.14放送
  啓林館センター試験対策問題集のご案内(http://keirinkan.com/kori/kori_biology/kori_biology_2/contents/bi-2/3-bu/3-2-1.htm)
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生物と非生物を分ける、決定的な定義はまだない、とお話ししましたが、とはいっても、現実に、生きているものと、生きていないものには、違いがありますね。たとえば、私たちを含め、私たちの側にいる多くの生き物は呼吸をしています。また、ほとんどの生物は水や栄養を必要としていますね。これがないと死んでしまいます。

自然界をよくよく観察すると、生物は実に数多く存在しています。ゾウや人間などの大きな動物の他にも、昆虫のように虫眼鏡を使わなければ見えない生き物もたくさんいます。1590年、最初の顕微鏡が発明されるとさらに小さな世界を観察できるようになりました。ガリレオ・ガリレイは、顕微鏡で昆虫の複眼を観察、スケッチし、その記録が残っています。
1665年には、ロバート・フックが顕微鏡をつかった研究で、生物の体が細胞でできていることを発表します。
1670年代には、レーウェンフックが、微生物や精子を発見しました。
ミクロの世界が広がったことで、生物学の世界も一気に広がったのです。

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 フックのコルク細胞のスケッチ(大英図書館所蔵)

このような観察、研究がすすむにつれ、様々な生物の構造や生態が明らかになり、多くの細胞からなる体をもつ生物も、1個の細胞で1つの生命である微生物も、その生命現象が細胞内でおきる化学反応や、増殖などの細胞活動に由来していることがわかってきました。

そして、1838年、ドイツのシュライデンによって、細胞こそが生物構造の基本単位であるという、細胞説が提唱されます。 

細胞を生命の最小単位とするこの考えは、現在も生物学の基本となっています。
そして、この細胞を出発点として、私たちを含めたすべての生物にあてはまる条件を、生物たる条件とするならば、以下のようなことがいえるのではないでしょうか。

まず、化学反応を起こす固有の場を持っていて、その化学反応で得たエネルギーを使って何らかの活動をするもので、さらに、自分自身のもつ情報を、複製や子孫を残すことで次世代に引き継がせる能力を持つもの。

このような条件をもつものが生物であり、つまりそれは「細胞」という構造をもっているかどうか、ということになるのです。



参考:wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/顕微鏡)
   「オランダのミデルブルフで眼鏡製造者サハリアス・ヤンセンと父のハンス・ヤンセンが作った〜」

   wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/ウイルス)
  「便宜的に、細胞を構成単位とし、代謝、増殖できるものを生物と呼んでおり〜」

  :童心社 遺伝子・DNAのすべて 夏緑 著 (表2、3)

では、細胞はいつ、どうやって生まれたのでしょう。
すべての生物の基礎である細胞の誕生こそ、生命の起源につながるに違いありません。
原始地球で生成された物質は細胞になるまでに、どんな過程を経たのでしょうか。
現在、有力とされる仮説が、3つあります。

まず、科学反応を起こすための触媒となるタンパク質が最初に合成され、やがて生物になっていった、とするもの。これを「プロテイン・ワールド仮説」と呼んでいます。
 
次に、次世代に情報を引き継ぐデータをつくる物質となるもの、現在のDNAですが、その前身となるRNAが先に合成され、やがて生物になっていった、とするもの。これを「RNA・ワールド仮説」と呼びます。
 
また、上記の2つと同時期に、袋状の形質をもつ物質も生成されていて、そこにタンパク質やRNAなどが入って一体となったものが、やがて複雑化し、細胞になっていったのだ、とするもの。これを「リピッド・ワールド仮説」と呼んでいます。

様々な化学反応の結果、多くの物質が溶け込むスープのようだった、と考えられる当時の海では、上記のどの物質の合成も理論上、可能であることがわかっています。しかし、それぞれに欠点もあり、まだまだ多くの検証が必要です。
 


 
※(1)オパーリンは膜となるもの「コアセルベート」の生成が、細胞の起源につながる、と述べました。

上記の仮説のうち、現実味があるものを選ぼうと思えば、その過程が簡単であればあるほど、可能性が高まるわけです。
そういう観点で見ると、このうち、「リピッド・ワールド仮説」は非常に注目されています。
この仮説のベースは、先ほども登場したオパーリンが提唱したもの(1)が元になっています。 


 

参考:啓林館センター試験対策問題集のご案内(http://keirinkan.com/kori/kori_biology/kori_biology_2/contents/bi-2/3-bu/3-2-1.htm)
  Wikipedia:RNAワールド(http://ja.wikipedia.org/wiki/RNAワールド)

参考:Newton (ニュートン) 2010年 11月号 [雑誌]「生命誕生の謎」

前述のように、生物の誕生に関しては様々な仮説が立てられていますが、多くは、その場は海であった、と考えられています。
さらに、近年では、様々な調査結果から、科学者の多くが、生命のはじまりは深い海底にあった、と考えています。

深海には、地球の地殻活動によって高温となった熱水が吹き出すところ、これを熱水噴出孔といいますが、これが何カ所もあります。
近年の深海調査で、このような、生命が生息するには過酷すぎるような極限の領域にすむ生物群が確認されています。
実は、このような生物群のあり方が、生命の起源に最も近いのではないか、と考えられているのです。


前述したように、生命の起源に関しては様々な仮説があり、まだまだ決着はしないと思われますが、とりあえず、「複製し、増える」という条件をもった物質が深海で合成された、として想像してみましょう。その物質は深海に漂う成分や熱の作用をうけ、どんどんコピーを増やしていった、とします。
増えていったコピーの中には、ときどきすこし違うもの、つまりコピーミスのようなものも生成されたかもしれません。
「複製し、増える」物質は、それに似たものも含めて、海底を覆い尽くすほど増えたかもしれません。

こうして、海底は、いわゆる「生物の定義に近いが、生物ではないもの(1)」、つまり、細胞の構造に近いが細胞ではないものが、様々に存在するフロンティアとなったのかもしれません。
「細胞のようなもの」が新しく生まれたり、消えていったりしながら、その場の状況に叶うものが、どんどん増えていったのではないか、と考えることができます。この中から、やがて、細胞とよぶのに必要な条件をもった単純な構造の古細菌(アーキア)やバクテリアが誕生したのではないか、と考えられているのです。

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※(1)細胞の構造を持たないものでも、生物のようにふるまうものとして、「ウィルス」があります。
ウィルスは細胞を持ちませんが、特定の条件(核基質)をもつ細胞に寄生して増えます。ウィルスの誕生は細胞よりもさらに古いと考えられ、これを生命の起源と考える人もいます。

参考文献:童心社 遺伝子・DNAのすべて 夏緑 著 

※参考:「生物と無生物のあいだ」

深海調査で発見された熱水噴出孔付近に生息する古細菌(アーキア)は、現在、生命の起源にもっとも近いものではないか、と考えられています。この古細菌は、核を持たないきわめて原始的な構造をしていますが、材料を得ると化学反応をおこすシステム、つまり代謝系を持っていて、さらに、自分と同じものを複製し、ふやすことができます。つまり、生命の定義とされる現象をおこすことができるのです。生命体と呼べる最少の条件を備えたギリギリの存在なのです。

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熱水噴出孔の一種。ブラックスモーカー(P. Rona - NOAA Photo Library

深海は太陽光も差し込まず、酸素もほぼ無いような極限の環境です。ものすごい水圧もかかっていますし、噴出孔から吹き出る熱水は高温です。こんなところに住める生物がいるだけでも驚きなのに、深海には古細菌だけでなく、様々な生物がいることも判明しています。

古細菌のなかには、硫化水素やメタンから、エネルギーだけでなく、エネルギー源となる炭素化合物(有機物)をつくれるものもいます。このように、エネルギー源となるものを、単純な材料を元に、自分で合成できる生物を「独立栄養生物(1)」といいます。
エネルギー源をつくる能力をもたない生物は「従属栄養生物」と呼び、漂っている成分や、他者が作った有機物を取り込んで栄養としています。また、他の生物や古細菌の屍骸を利用するものもいます。

過酷だと思われる環境でも、そこには数多くの生物が互いに互いの存在を利用して生きているのです。
栄養源を主軸とした生物間の関係性を「生態系」と呼びますが、深海には深海の生態系が築かれているのです。

 
このような深海生命の姿がいつごろから形成されたのかは、まだ謎のままです。硬い骨格などを持たない彼らは化石になって残ることは無いからです。しかし、現在までに、最も古い「生物の痕跡」とされるものが、グリーンランドのイスアというところで、確認されています。これは、およそ38億年まえのものと推測されています。つまり、生物の発生は、それより、もっと前であることになります。


生命の誕生、それは、すなわち「生きる」ことの始まりを意味します。このとき、はじめて、生きるために必要なものを取り込む現象を、「食べる」と呼べるようになった、と言えるのではないでしょうか。生命の誕生は、すなわち「食べる」が始まったことを意味する、と私は考えています。
 
とはいえ、古細菌の「食べる」は、私たちのそれとは、だいぶかけはなれています。深海の古細菌が栄養としているのは熱水に含まれる硫化水素やメタンです。硫化水素は、私たち陸上の生物にすれば、毒性の高い物質ですが、海底の古細菌はこれを取り込み、細胞内の化学反応に利用します。つまり、これが彼らの栄養源であり、これを糧にして、複製・増殖するためのエネルギーを得ているのです。


では、この古細菌の姿から、原始生命体の「食べる」がどんなものだったのか、想像してみましょう。
誕生して間もない生命には、私たちがもつような意識はなかったでしょうから、「食べる」においても、生きるために積極的に行っていた、というよりは、限りなく受動的な、そして行為というよりは「現象」に近いものだったと考えられます。海底に漂う栄養分(2)をキャッチし、細胞内で化学反応がおき、キャッチできなければ死ぬ、あるいは停止している。そして、条件が整ったときには、自分のコピーをつくって、増える。ある科学者の考察では、このような原始生命体の細胞分裂には数万年を要した、としています。また、ある科学者は、たとえば、熱水などによって温度が加わることで、細胞分裂がおきたのではないか、と考えています。とにかく、それほど、彼らの生命活動というのは、私たちから見れば、偶発的で、限りなくゆっくりと、しかし、静かに繰り返されたと考えられているのです。


細胞が増えて行くと、やがて同じような細胞の屍骸であれば、これを活用できるものもあらわれたかもしれません。現在でも、深海の細菌叢をみると、そこには極めて無駄のないリサイクル型の生態系があるとされています。太古の海でも、増えた細胞同士が、互いの存在を利用し合っていた(3)可能性もあるのです。

生態系というと、「食べる者と食べられる者」で形成される地上の食物連鎖の関係を私たちは連想しますが、太古の生態系は、もっといいかげんで、もっと融通のきく関係だったのかもしれません。 
しかし、そこに「食べる」をめぐる関係性が構築されていたことは確かでしょう。 




※(1)さらに詳しく言えば、化学反応による合成で、この栄養を得ていますから、「化学合成独立栄養生物」とも言えます。


※(2)現在までに、おそらく海底の硫化水素などを摂り込み、利用できる嫌気細菌が、最も古い生命体に近いのではないか、と考えられています。:最古の生物は化学合成従属栄養生物であった、と考えられている(エネルギー源を化学反応に、炭素源を従属的立場に)海底で生まれた、とされる最古の生命は、硫化水素をエネルギー源とした細菌だったのではないか、と考えられています。
 
※(3)最古の生態系が、海底の熱水噴出孔のハイパースライムではないか、と考える研究者もいます。
 また、深海のアーキアは、他の屍骸の細胞膜を素材に、自己を形成することも確認されている。究極のエコシステムと呼ぶ研究者もいる 

参考:WIRED 2008.8.5 TUE「ほとんど死んでいる」生物、海底地下の「古細菌」
  (http://wired.jp/2008/08/05/「ほとんど死んでいる」生物、海底地下の「古細/)

  :新・細胞の起原と進化 中村運 P.15
   抜粋「さて、現生細胞は始原細胞と比較にならないほどに複雑で、その進化は高度なレベルに達しています。始原細胞は生命としての“ごく基本的なしくみ”は含まれていたのですが、それはまだ原始的で代謝能率の低いものでした。たとえば、現生で最下等といわれている細菌細胞は、十分な栄養の下で二分裂するのに二十〜三十分を要します。これに対して、推定されている始原細胞はその細胞分裂に数万年を要していたでしょう。それほどに始原生命は代謝能率...」
 
 
  :WISDOM テクノロジー WISDOM編集部 2011年09月05日
  エコテク探訪 第6回 深海底微生物「アーキア」~地球の炭素循環で重要な役割を果たし、毒性の高い物質の分解にも役立つ
  (https://www.blwisdom.com/technology/series/ecotech/item/1837-06.html)

  :Newton  生命に関する7大テーマ P.14,15

  :JAMSTEC:プレカンブリアンエコシステムラボラトリー
「最古の生態系を支える新しい地球ー生命相互作用UltraH3 Linkage仮説の提唱」(2006)(http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/achievements.html) 


  :個人ブログ 太陽系を探検しよう-21.地球生命の起源(5)共通の祖先は超好熱菌http://www.seibutsushi.net/blog/2012/10/1340.html 


  :海洋・極限環境生物圏領域 http://www.godac.jp/education/ms_museum-att/200901_02.pdf
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細胞は誕生以降、すこしずつ増えて行くことになります。
こうしてにぎやかになった深海はやがて、細胞にとっては窮屈な環境になっていったのかもしれません。
すると、海底にばかりいないで、もうすこし上のほうまでいっても、活動を持続できるようなものも出てきたことでしょう。
どんどん数を増やし、存在圏を拡大していくと、やがては、海底から離れ、海面に近づくことになります。
ここに、新たな問題が発生しました。
海面に近づくと、太陽光が届くエリアに入ってきます。太陽光には、紫外線が含まれています。この紫外線は、分子構造を変えてしまう力があります。細胞は光にあたることで、細胞内にもつ物質が変性してしまい、こわれてしまうのです。太陽光の届くところまで行くことは、その細胞の破滅に繋がってしまうのです。
ここで、細胞の勢力拡大は止まるかのように思われました。

しかし、これもひとつの変革へのきっかけとなったのです。前述しましたが、細胞のもととなったものには、自分と同じものを複製して残す能力があったと考えられます。この複製する際に、自分のもつ情報もやはり複製します。
太陽光によって壊されていったものの情報は途絶えますが、太陽光をうまく避けられたものや、それによるリスクに抵抗できたものは残り、情報を残しました。太陽光による影響をうまくかわした細胞だけが海面付近では残る結果となり、やがてそれらが内包する情報には太陽の動きと関連する情報も残っていくことになりました。
実は、これが、今の私たちの体にも備わる「時計遺伝子」のもとになっているのではないか、と考えられています。

こうして、様々な条件を克服するごとに、細胞のもつ情報は増えていきました。また、生息域の拡大とともに細胞の種類も数も増えて行きました。

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参考:えれきてる 「睡眠 脳と身体に何が起こっているか」特集3.生物時計と睡眠(http://elekitel.jp/elekitel/special/2008/17/sp_03_a.htm)

太陽光に対抗できるようになった細胞の勢いは、いよいよ増して行きました。居場所となるエリアを拡大しながら、その環境下で存続できないものは消え、持続可能なものが残り、やがてその形質が引き継がれ、数を増やす、という試行錯誤を繰り返しながら拡大していった、と思われます。
やがて、この中から、太陽光の作用をうけても死なないどころか、これを利用できるものが出てきました。膜内の化学反応において、太陽の光による作用を利用できるようになったのです。

このような細胞の中に、後にシアノバクテリア(1)と呼ばれるものが含まれていました。シアノバクテリアも核を持たない、極めて原始的な細胞ですが、二酸化炭素と水を得ると、太陽光を光エネルギーとして、炭素化合物(有機物)を生成しました。二酸化炭素という単純な材料(無機物)から、自分で栄養源(有機物)を合成できましたから、シアノバクテリアは独立栄養生物です。光のエネルギーを利用することを付け加えれば、光合成独立栄養生物とも呼べます。
深海とは違う、新たなエネルギー・栄養の合成系が確立されたことになります。

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 シアノバクテリアが岩に付着している様子(ストロマトライト)
 
シアノバクテリアは、今から36億年ほど前に誕生したと考えられ、その後、爆発的に増えることになります。きっと、その時の地球環境は、シアノバクテリアが増える条件をたくさんそなえていたのでしょう。シアノバクテリアは光を利用しましたから、太陽光が差し込むところにいました。新しいシアノバクテリアを生み出しながら、古いシアノバクテリアはやがて機能しなくなくなって、海底に沈んでいきました。
沈んだものは、そのまま堆積して、層をなしていきました。
これが、石油のもとになりました。このころ、まだ酸素は地球上には少なかったので、海底につもったシアノバクテリアだったものは、酸化分解されなかったのです。つまり、腐敗せずにそのまま残ったのです。やがて地球の地殻変動にそのまま巻き込まれ、独特の化学構造をもつ物質(2)へと変化していった、と言われています。

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現代の生活に欠かせない石油は、太古の昔に棲息していたシアノバクテリアの屍骸が変化したもの

また、シアノバクテリアは光を利用した化学反応の結果、その過程で酸素を生成しました。爆発的なシアノバクテリアの増加で、放出される酸素も増えて来ました。酸素には、他のものに結びつき、物質を変性させる力(3)があります。ですから、酸素を必要としない細胞にとっては、毒性の高い物質なのです。酸素の増加は、それまでの細胞の分布に大きく影響したはずです。 シアノバクテリアによって吐き出された酸素がたくさん存在するようになっていった海では、それまで順調に発展していた細胞のうち、酸素の増加によって滅んでしまったものもあったかもしれません。また、海水中にとけていた鉄も酸素と結びつき、酸化鉄となって、海底に堆積する(4)ようになっていきました。

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海に溶けていた鉄に酸素が結びついて酸化鉄となり、堆積して縞状鉄鋼床を形成していきます
(Photo:Banded Iron Formation specimen from Upper Michigan.)


※(1)ラン藻類であるシアノバクテリアは、今から約36億年前に誕生した、と考えられています。
※(2)炭化水素という物質です。
※(3)酸化反応といいます。
※(4)鉄イオンが酸素に反応し、酸化鉄となり、これが堆積したものが地層や化石などになって今も残っています。これを「縞状鉄鋼」と呼びます。現在工業的に使われる鉄鉱石の大半がこの縞状鉄鉱床から採掘されています。


参考:さ・え・ら書房 目で見る進化 ダーウィンからDNAまで ロバート・ウィンストン著 相良倫子 訳 P.66,67
  :Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/縞状鉄鉱床) 
  :シアノバクテリアの窒素固定(http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/037/research_21b.html)

シアノバクテリアの増加に伴い、やがて酸素は海水中に溶けきらずに、海を出て、大気中にも含まれていくようになりました。
30億年以上前の大気組成は二酸化炭素と窒素が主成分で、24.5億年前までは、大気はほぼ無酸素状態(1)だったと考えられています。
しかし、18.5〜8.5億年前ころになると、酸素が海から大気中に流入し始めます。分子状の酸素は、それまでは、地球上にそんなにたくさんありませんでしたから、これによって、それまでの地上の環境も大きく変えられることになったでしょう。
大気に含まれた酸素は、やがて上空にオゾン層を形成するようになりました。オゾン層は、酸素の増加に伴い、厚く形成されていきました。それに従い、地表に届く紫外線はだいぶ弱められることとなりました。
 
このように、シアノバクテリアは勢力を拡大し、地球環境をも変えていきました。
海水中に増加した酸素によって、大きく影響を受けたほかの生命たちですが、やがて、これも、太陽光を克服したときと同じように、多くの試行錯誤の結果、対応できるものが残り、酸素による影響に対応できるものが現れました。酸素を膜内の化学合成に利用し、エネルギーに変換できるものまで現れてきたのです。

大気にたくさん含まれた酸素は、もともとシアノバクテリアが吐き出したものです。それを利用できる細胞が現れた、ということは、種も居場所も異なる細胞どうしが、直接出会わなくとも、互いに作用しあっていた、と言えます。

さらにシアノバクテリアの繁殖はすすみ、大量に放出された酸素によって、大気のバランスが変わってきました。二酸化炭素やメタンが豊富で、それによって保温されていた地球の温度はぐんぐん下がり始めたのです。
ぐんぐん下がって下がって、ついには、地球全体を氷で凍結させてしまう、スノーボールアースにまで至った、とされています。

この地球の全休凍結は、これまの調査から過去3回以上起きた、とかんがえられていて、最初の全休凍結は約22〜23億年前に起きたとされています。

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※(1)酸素は太陽の紫外線で水が分解してできる光化学反応に限られていた、と考えられています。


参考:神奈川県立生命の星・地球博物館ホームページ
   さ・え・ら書房 目で見る進化 ダーウィンからDNAまで ロバート・ウィンストン著 相良倫子 訳 P.66,67
   Wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/縞状鉄鉱床

最初の全球凍結を境に、生命体にはある新しいグループが登場します。

生命の最も古い形態とされるアーキアやバクテリアは、その細胞の構造から「原核細胞」というグループに属します。私たち人間のもつ細胞に比べると、とても小さいし、細胞のなかの構造も随分と単純です。なかでも特徴的なのは、細胞に必要な情報が、核という構造になっておらず、核様体というかたちになっている点です。
しかし、代謝をしますし、分裂して増えますから、立派な生命体です。38億年前の生命誕生以降、約20億年は生命体はみんな原核細胞だった、とされています。

しかし、この原核細胞の中から、遺伝情報を核膜で包むものがあらわれ、これが真核細胞へと進化していきます。真核細胞がどうやって生まれたのかは、まだ謎に包まれています。原核細胞のもつ細胞膜が進化して、様々な機能をもつ小器官へと発達したのだ、という説もあるし、貪欲に食べたり、食べられたりするうちに、食べられた細胞が食べた細胞のなかに棲み付いたのだ、とする説もあります。時期的に最初の地球全休凍結と近い時代であることから、この事件が関係しているのではないか、とも考えられていますが、はっきりしたことはわかっていません。

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真核生物の直接の起源といわれる古細菌(エオサイト説)
 
真核細胞は、さきほど登場したような酸素を利用するしくみ、すなわち「酸素呼吸」の機能をもつ小器官「ミトコンドリア」ももつようになります。酸素を取り込んで大きなエネルギーを産生できるようになった真核生物は、いよいよ生存に有利になりました。
やがて真核生物の中から、そのエネルギーを活かし、細胞器官を発達させて、高い運動機能をもつものが表れてきます。その動き方は様々で、細かい繊毛をさわさわと動かしながら移動するもの、体をねじりながらドリルのように移動するもの、ムチのような1本のシッポを使って素早く移動するものなどなど。。
さらに、あのシアノバクテリアと同じ光合成の機能をもつ小器官を備えたものも表れました。

今から約14億年前になってくると、原核細胞にかわって、いよいよ真核細胞がその時代の主役となってきます。

アメリカのミシガン州では、約21億年前に形成されたとする縞状鉄鋼床から、最古の真核生物とされる化石が発見されています。






※(1)原生生物:マーギュリスの五界説で、単細胞生物は有核であっても、原生生物とする


参考:
新・細胞の起原と進化 中村運 著 P.23 表1−5 原核生物と真核生物の細胞比較

新・細胞の起原と進化 中村運 著 P.209
   「14億年前以降の真核細胞時代は確かなものでしょう。」
   「20億年前くらいから大型化した細胞があらわれはじめている。つまり、原核細胞が真核細胞レベルに進化するには、約5億年という長い地質年代(古生代と中生代を合わせた期間)を要している。」

食べて、食べられて、まわる 高橋英一 著P.20
    「最も早く出現したのは無核で単細胞の微小な細菌(バクテリア)からなる原生生物であり、ついで細菌の共生連合によって単細胞有核の原生生物が誕生し、最後にそれらの中から多細胞有核の後生生物として、動物、植物、菌類が進化してきたという順番になります。」

「原核生物の細菌類(バクテリア)は、およそ38億年前に誕生したと推定される最古参の生物です。そして18億年前頃に、真核私物が進化してくるまでの20億年間は細菌だけの世界でした。」
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